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  • 最終更新日時 2014年1月7日(火曜日) 21時00分
  • コンテンツID 2-23-20-3948
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寺家遺跡が国の史跡に指定されました

情報発信元文化財室  

全国的にもめずらしい「祭祀遺跡」

寺家遺跡は、奈良・平安時代(8・9世紀)の古代神社や祭祀(さいし:祈りや祭りのこと)に関連する遺跡として全国的にも知られる重要な遺跡です。

1978年に発見されて以来、発掘調査と研究を続けてきましたが、遺跡の価値と重要性が評価され、平成24年1月24日の官報告示により国の史跡に指定されました。

 

 寺家遺跡は、寺家町・柳田町の海岸砂丘のなかに埋もれている古代(8・9世紀)を中心とする祭祀遺跡で、1978年の能登有料道路建設工事の際に発見されました。

 発掘調査からは、古代の神社に関連した建物跡や祭祀を行った祭祀場などのほか、銅鏡や銅鈴などの銅製品、鉄鐸や鉄刀などの鉄製品、勾玉、土馬、三彩陶器など当時の国家との関係を示唆する多彩な祭祀遺物が多数出土しました。また、出土した墨書土器には、「宮厨」「宮」「司」「司舘」「神」「奉」などがあり、古代神社や神祇信仰と関係する遺跡であると考えられます。こうした古代の神社や祭祀に関連した遺構や遺物が総合的に見つかった遺跡は全国的にほとんど類例がありません。

 文献史料をみると、この地域には、古代から気多神社が存在したことが知られており、「万葉集」では、天平20年(748年)に越中国司の大伴家持が「気太神宮」へ巡行した記載があるなど、当時の国家から重視されていたと考えられます。同時期に存在したと考えられる寺家遺跡は、古代の気多神社と深く関わる遺跡と推測されます。

 寺家遺跡は、羽咋の歴史を紐解くための重要な遺跡の一つですが、全国的にみても古代における神祇信仰のあり方を知ることのできる稀少かつ重要な遺跡です。今後は、国の史跡として保存しながら、整備と活用に向けて取り組み、講演会や特別展示など、情報発信を行っていきます。


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